弔電から
- sumioyamashita2847
- 5月2日
- 読了時間: 2分
4月のある午後、スマートフォンに登録していない番号から電話がありました。
電話の主は、息子が通い、私がPTA会長を務めた神奈川県立高校の、当時の第31代校長だったM先生の奥様でした。
その前の週に、伝手を頼って私の連絡先を探されていることがわかり、私の番号を伝えてくださいとお願いしていたところでした。
実は2年前の5月に、M先生が亡くなったとPTAつながりで連絡をもらったので、弔電を打っていたのです。
その弔電の文章を全部はおぼえていませんが、M先生ご自身の子育てのエピソードも挿し込んだことは覚えています。
コロナ禍ではありましたが、先生の葬儀には大変お多くの方が参列され、弔電も多く届き、全部は読めない中で、私が送ったものも選んでいただいたとのこと。
弔電の例文ではなく、私が感じていた先生の人となりとエピソードを書きました。
ご家族から見ても先生そのものが表現されていたので、選びましたと言っていただきました。
ただ書いたエピソードについて、どういうことだったのか詳しく知りたいと、この2年間ずっと思っていらしたそうです。
当時M先生から『土曜日のPTAの会議が終わった後で、教員と保護者、学校管理職とPTA役員の立場を超えて、子育てする親同士の立場で茶話会を開きたい』という申し出をいただき、何度かそんな機会を設けた中で印象に残ったことがありました。
そうしたことを弔電に書いていたので、先生から提案いただいたということも含めてお話ししました。
他にも最後に偶然お会いした時のことなど話をさせていただきました。
私もM先生にはもっとお話を伺いたいと思っていたので、あまりに早い旅立ちはとても残念です。
出張で葬儀には伺えなかったのですが、むしろ弔電を打ったことで、M先生の学校での様子をご家族と共有し、奥様と話す機会も得られたのだと思います。
改めてご冥福をお祈りします。
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